「重曹」の意味や名前の由来は?【高比重で重いから説はガセ】
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炭酸水素ナトリウムのことを指す「重曹」は重炭酸曹達の略です。重炭酸は「2倍の炭酸」という意味があり、「重い」という意味合いはありません。
この命名は歴史的経緯に由来します。背景をたどると、海を越え、200年以上の時を遡り、イギリスの科学者が行った実験に基づく命名にたどり着くのです。
本記事では「重曹」という名前の由来を詳しく紐解きます。
記事の最後に、炭酸塩や炭酸水素塩(重炭酸塩)の名称をまとめた補足があります。必要に応じてご参照ください。
なぜ「重曹」と言うのか?名前の意味や由来を解説
重曹という名前の由来を検索すると、次のような情報を掲載したページがいくつもヒットします。
重曹(重炭酸曹達)は、炭酸ソーダより比重が大きく「重い」ため重炭酸ソーダと名付けられた。
上記の説は間違いで、重曹という名称は、比重や密度とは関係がありません。「重炭酸」という用語は、1814年ごろにイギリスの科学者が命名した言葉が、日本語に翻訳されたものです。
重曹が「重曹」と呼ばれることになった由来や経緯を解説します。
重曹という名前の由来を簡単にまとめると?
重曹の由来を理解するにはまず、炭酸塩と炭酸水素塩について知る必要があります。
- 炭酸塩
- 炭酸イオンCO32-が作る塩。炭酸ナトリウムNa2CO3や炭酸カリウムK2CO3などがある。
- 炭酸水素塩
- 炭酸水素イオンHCO3-が作る塩。重曹である炭酸水素ナトリウムNaHCO3のほか、炭酸水素カリウムKHCO3などがある。旧称では重炭酸塩と呼ぶ。
下記に、重曹という名前の由来を簡潔にまとめます。
- 重曹の名前の由来
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- その昔、炭酸塩は知られていても、現代で言う「炭酸水素塩」は知られていない時代があった。
- イギリスの科学者のウォラストンが炭酸水素カリウムを使って実験をすると、炭酸カリウムに比べて、2倍の炭酸ガスを放出することが分かった。
- 実験結果から、現代で言う「炭酸水素塩」は、carbonate(炭酸塩)に比べて2倍の炭酸を含むという意味でbi-carbonateと名付けられた。
- bi-carbonateは日本語で重炭酸塩と翻訳された。この命名に従うと、炭酸水素ナトリウムは重炭酸曹達となり、その略語である「重曹」も広まった。
これが、重曹という名前の大まかな由来です。
続けて、より詳しく知りたい人に向けて、当時の文献なども引用しつつ詳細を解説します。
重曹(重炭酸ソーダ)と命名された詳しい経緯
現代の私たちは、色々な物質の化学式を手軽に知ることができます。
しかし歴史を遡れば、「物質が原子でできていることは分かってきたけど、ほとんどの物質の組成はまだまだ知られていない」という時代もありました。
化学の黎明期ではヨーロッパにて数多くの化学者が、様々な物質の組成を知るために悪戦苦闘し、試行錯誤をしていたのです。
1814年に重炭酸塩を意味するbicarbonateという用語が誕生
日本語の重炭酸の原語であるbicarbonateは、イギリスの科学者ウィリアム・ハイド・ウォラストンが、1814年の論文で最初に使用した用語です。
ウォラストンの論文中でbicarbonateに言及した部分を、下に引用します。
引用の後半部分では、「この炭酸カリウム(実際は炭酸水素カリウム)に硝酸を加えると炭酸ガスが発生する」「硝酸添加前に加熱をすると半量の炭酸ガスが失われ、硝酸を加えると残る半量の炭酸ガスが生じる」といったことが書かれています。
そして引用の前半部分では、こうした2倍の量の炭酸を含む炭酸カリウム(実際は炭酸水素カリウム)を、bi-carbonate of potash(重炭酸カリウム)と呼ぶよう提案しています。
この論文を皮切りに、重炭酸に相当するbicarbonateという用語が使われるようになりました。
bicarbonate(重炭酸)のbiは、倍数接頭辞とよばれるものの一つです。ラテン語で「2つの」を意味し、英語のtwiceに相当します。bicycle(自転車:2つの車輪)やbilingual(バイリンガル:二カ国語の)の語源にもなっています。
この「2倍の炭酸を含む」という部分の化学的な解釈については、後の章で図を用いて解説します。
日本語でも重炭酸と訳され「重曹」という略語の由来に
重曹の「重」の由来でもある重炭酸は、bicarbonateの訳語です。
日本初の近代的な化学書である、宇田川榕菴の『舎密開宗』(1837~1847年にかけ発行)には、炭酸水素カリウムに相当する化合物名として「半炭酸加里」が記載されています。
そして1900年に発行された『化學工業全書』の第6冊では、「重炭酸カリウム」が紹介されています。下に引用したのは、重炭酸カリウムの章の冒頭部分です。
旧字体を新字体にするなど原文を一部修正。
炭酸カリウム水溶液が、元々炭酸カリウムが含んでいる量と同量の炭酸ガスを吸収して、重炭酸カリウムに変化するという内容が最初に書かれています。
やはり、日本語の「重炭酸」はbicarbonateの訳語で、「重」は「2倍の」という意味を持つことがうかがえる内容です。
ちなみに、先に述べた舎密開宗ではすでに、「塩の名称は酸成分をまず言い、次に塩基成分の名を言う」との体系的な(決まった規則に従った)命名が心がけられていました。
「重炭酸」は舎密開宗には登場せず、より後の時代に作られた訳語と考えられます。つまり、日本の化学界でも、体系的な命名を行う思想が広まった後に訳された言葉のはずです。
「比重が大きく重いから重炭酸ソーダ
」などと命名するのは、ただの思いつきであって、全く体系的な命名とは言えません。やはり誤った情報と考えるのが妥当でしょう。
日本ではナトリウム塩の名称に、ドイツ語に由来する「ナトリウム」でなく、英語に由来する「ソーダ」が用いられ、「曹達」という当て字がなされてきました。
炭酸水素ナトリウムは「重炭酸曹達」という命名になり、その略語として「重曹」が広まったのです。
そもそも「重○○酸」は重炭酸以外にも使われた命名法
そもそも「重○○酸」といった命名は、重炭酸塩以外にも広く用いられていました。重炭酸塩のほかには、重硫酸塩や重クロム酸塩が代表的です。
- 重硫酸塩
- 重炭酸塩と同じく、硫酸塩に比べて硫酸が2倍含まれると考えられたことに由来する旧称。英語で重硫酸塩はbisulfateという。
- 例:硫酸水素カリウムKHSO4の旧称は重硫酸カリウム
- 重クロム酸塩
- クロム原子2つを含むクロム酸(H2Cr2O7)の塩。クロムが「2つ」あるのでbichromateと呼ばれた。旧称だが、重炭酸塩や重硫酸塩と異なり、実際にクロム原子が2つ含まれるため化学的な意味としては正しい。
- 例:二クロム酸カリウムK2Cr2O7の旧称は重クロム酸カリウム
このように「重」がつく命名は、「2倍の」「2つの」という意味で様々な塩に適用されていました。重曹の「重」は、比重とは何ら無関係なことが分かります。
「重炭酸塩」は化学的には不正確な意味の名称
重炭酸という名称は、先述してきた歴史的な経緯を含む旧称です。この名称の持つ意味合いは、化学的に正しくありません。すなわち、HCO3-を含む炭酸水素塩は、炭酸が2つくっついているわけではないのです。
現在では重炭酸塩(bicarbonate)に代わり、炭酸水素塩(hydrogen carbonate)としての命名が推奨されています。
なぜ「重炭酸」という名称となったのか、化学的背景を解説します。
「重炭酸塩が2倍の炭酸ガスを含む」とはどういうこと?
重炭酸塩という名称は、発生する炭酸ガスの量が炭酸塩と比較して「2倍」であることに由来します。これは、ナトリウムなどの金属の質量を一定にした比較に基づくものです。
ここでは、ナトリウム塩の炭酸ナトリウムNa2CO3と炭酸水素ナトリウムNaHCO3(重曹)を例に説明します。
炭酸塩と炭酸水素塩のどちらも、酸を反応させると炭酸が遊離し、炭酸ガス(二酸化炭素CO2)が発生します。例えば、塩酸を用いた場合は下記のような化学反応式で表せます。
- 炭酸ナトリウムと酸の化学反応式
- Na2CO3 + 2HCl → 2NaCl + H2O + CO2
- 炭酸水素ナトリウムと酸の化学反応式
- NaHCO3 + HCl → NaCl + H2O + CO2
化学反応式からも明らかなように、炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムが同じ物質量(モル数)であれば、同量の炭酸ガスCO2が発生します。
しかし、ウォラストンの論文が発表された1814年当時は、mol(モル)を単位として物質を量り取るという概念はまだまだ存在しません。
そこで当時は、カリウムやナトリウムの質量を一定として、発生する炭酸ガスの量を比較する実験が行われたのです。
ナトリウムの質量を揃えた実験は下図のようなイメージです。
炭酸ナトリウムと炭酸水素ナトリウムでは、1モルに含まれるナトリウム原子の数が異なります。Na2CO3という組成の炭酸ナトリウムの方が、1モル中に2倍のナトリウム原子を含むためです。
ナトリウムの質量を揃えて行う実験では、炭酸水素塩は、炭酸塩に比べて2倍の物質量の塩が用いられます。結果として、酸を反応させたときに生じる炭酸ガスの量も、炭酸水素塩の方が2倍になるのです。
ちなみに、ウォラストンの論文にもあった「炭酸水素塩を加熱すると半分の炭酸ガスが失われる」というのは、次の画像のような現象を指します。
以上がウォラストンの研究において、現代で言う炭酸水素塩に対して、bicarbonate(重炭酸塩)と命名された化学的背景です。
まとめ・補足情報・参考文献
「重曹」は、炭酸水素ナトリウムを示す旧称の「重炭酸曹達(ソーダ)」の略語です。重炭酸の「重」には「2倍の」という意味があり、化学実験に基づく歴史的経緯のある名称です。
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本記事の最後に、炭酸塩や炭酸水素塩の名称について補足します。
【補足】重曹など、炭酸塩や炭酸水素塩(重炭酸塩)の名称まとめ
補足情報として、ナトリウムとカリウムの、炭酸塩と炭酸水素塩の名称を下表にまとめます。
- ナトリウム・カリウム×炭酸塩・炭酸水素塩の名称まとめ
ナトリウムとソーダの違いは、日本語訳の元となった言語の違いです。「ナトリウム」はドイツ語に由来し、英語ではsodiumといいます。曹達は、英語でナトリウム塩を表すsodaへの当て字です。
「炭酸水素」とその別称の「重炭酸」は、英語でも別々の名称であり、それぞれが日本語に翻訳されています。HCO3-が作る塩は、炭酸水素塩(現在の正式名称)とも、重炭酸塩(旧称)とも呼ばれているのです。
カリウムについては、古くは加里という当て字が用いられていました。ちなみに、カリウムもやはりドイツ語に由来し、英語ではpotassiumです。