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油汚れと酸性・アルカリ性の話【油は酸性ではない】

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油汚れと酸性・アルカリ性の話【油は酸性ではない】

油汚れは酸性なのでアルカリ性で中和すると落ちるという説は間違いです。油汚れの主成分である油脂は酸でも塩基(アルカリ)でもなく、そもそも中和という概念を適用できません。

アルカリによる油脂の分解は、強アルカリ性を要するうえ、常温ではゆっくりとしか進行しない反応です。重曹のような弱アルカリでは、油脂の分解は期待できません。

この記事では、間違った情報が広まりがちな「油汚れと酸性やアルカリ性の関係」について解説します。

「酸性の油汚れをアルカリ性で中和」を信じてはいけない

「油汚れにアルカリが効果的」であることは事実です。界面活性剤を使った水洗いよりも、ずっと効果的です。しかし、間違った情報が広まっているせいで、多くの人が誤ったイメージを抱いています。

油汚れをアルカリで分解して落とすには、素手では触れないような強アルカリ性の洗浄液が必須です。アルカリなら何でもよいわけではありません。また、十分に化学反応を進めるための時間や温度も重要であり、一瞬では分解できません。

よく酸性の油汚れはアルカリ性で中和できるなどと説明されますが、決して科学的根拠に基づく理屈ではなく、むしろ化学に反する内容です。それでも多くのメディアなどで、あたかも常識のように紹介されています。

酸性の油汚れを中和するという説明は、アルカリ性だと簡単に油汚れが分解されるような印象を与えてしまうでしょう。事実だと信じてしまわないよう、注意が必要です。

下表に、油汚れのアルカリによる洗浄について、勘違いされがちなイメージと現実の相違点をまとめます。

油汚れのアルカリ洗浄
間違った情報やイメージ 現実
油汚れの性質 酸性 酸でも塩基でもない
(強いて言えば中性)
油+アルカリで起こる反応 中和 けん化
分解に必要なアルカリ アルカリ性ならなんでもよい 強いアルカリ性の洗浄液が必須
分解に要する時間 一瞬だと思われがち
(時間への言及は皆無)
十分な反応時間が必要
常温では非常に遅い反応
油汚れに重曹を使うと? 中和して汚れを落とせる 化学反応はとくに起こらない

次の章では、洗剤がどのような原理で油汚れを落としているのか解説します。

家庭での油汚れ洗浄は「界面活性剤」の働きが中心

洗剤が油汚れを落とす原理は様々ですが、とくに重要なのは、界面活性剤やアルカリの作用です。

界面活性剤は油汚れの液滴を引き剥がして包み込み、水中に保持します。一方で、アルカリの作用は全く異なり、油汚れの成分(油脂)を化学的に分解します。
界面活性剤は油の液滴を包み込み水中に保持する一方、アルカリは油汚れそのものを分解する。

界面活性剤とアルカリによる油汚れの洗浄には、それぞれ以下のような特徴があります。

界面活性剤による油汚れの除去
  • 油汚れを包み込んで洗い流す。
  • 手軽で安全性が高い一方、洗浄力が非常に高いわけではない。
  • 食品に含まれる動植物油などに、ほどほどの洗浄効果を発揮。
  • 時間経過で固化した(重合した)油脂にはあまり効果がない。
アルカリによる油汚れの分解
  • 油脂を石けんとグリセリンに分解(けん化)する。
  • 強力な洗浄方法で、通常の動植物油はもちろん、重合した油汚れにも効果あり。
  • 強いアルカリ性が必須で、危険性が大きく手軽ではない。
  • 分解には時間がかかる。加熱なしではゆっくりとしか進まない。

一般家庭に限れば、洗剤で油汚れを落とす場合、もっぱら界面活性剤の働きで除去しています。油汚れを効率よく分解できるような強いアルカリ性の洗剤は、家庭にはなかなかありません
洗剤が油汚れを落とす原理としては、強アルカリ性の洗浄剤を除けば、界面活性剤の作用が中心である。

例えば、キッチン用のマジックリン(花王)はアルカリ性ですが、主な洗浄作用はアルカリではなく、界面活性剤によるものです。アルカリによる油脂の分解も少しは期待できますが、あくまで補助的な作用といえます。

アルカリで効率的に油汚れを分解するには、大抵の家庭向け洗剤では力不足です。強アルカリを数%程度配合した業務用の洗浄剤などが必要になります(取扱いには厳重な注意が必要)。

液性が「弱アルカリ性」と表記された洗剤は、その液性がタンパク質汚れなどの除去で有利に働くことはあるものの、油汚れを効果的に分解する力はありません。弱アルカリ性洗剤が油汚れを落とす原理は、中性洗剤と同じです。

重曹やセスキ炭酸ソーダの水溶液も、pHは弱アルカリ性洗剤と同程度です。油汚れに対する洗浄力は、ただの水と大差はないと考えてよいでしょう。これらの水溶液を油汚れに使っても、化学反応はほとんど起こりません。

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油汚れの主成分「油脂」は酸性ではなく弱アルカリは無効

動植物油の成分は、ほとんどが油脂です。油脂は「中性脂肪」とも呼ばれるとおり、酸性を示す物質ではなく、強いて言えば中性の物質です。ベーコンの脂身や植物油などの主成分である油脂は、中性脂肪とも呼ばれるとおり、酸性を示したりしない。

家庭で「油汚れ」といえば、食用油(動植物油)に由来する汚れを指すことが多いです。つまり、油汚れの成分もほとんどが油脂であり、「油汚れは酸性」と考えるのは妥当ではありません。

この「油脂」とは、脂肪酸とグリセリンが縮合した構造の物質です。下にイラスト化して示します。動植物油の主成分の油脂は脂肪酸とグリセリンからできていて、酸としての性質は無い。

食用油の主成分は油脂です。酸である脂肪酸(遊離脂肪酸)も含まれますが、洗浄という観点からは、無視できるほどわずかな含有量です。

油の成分
油脂(脂肪)
食用油の大半を占める成分。中性脂肪ともいう。
脂肪酸(遊離脂肪酸)
食用油には、ごくわずかに含まれる成分。酸である。

肌の表面を覆う皮脂には、油汚れの中では例外的に、遊離脂肪酸も多く含まれます。皮膚の常在菌が作る酵素により、皮脂に含まれる油脂の一部が分解されて脂肪酸が生じるためです。

油汚れの中でも、皮脂に限れば、重曹やセスキ炭酸ソーダなどの弱アルカリでも多少は洗浄作用を発揮します。中和反応により、遊離脂肪酸とアルカリから石けんが生じるのです。

皮脂に限れば、「アルカリで中和して落とせる酸性の汚れ」といった説明も、あながち間違いともいえません

強いアルカリは油汚れを「けん化」して分解する

強いアルカリを使えば、油汚れを化学的に分解できるため高い洗浄効果が得られます。この分解は「けん化」という、動植物油から石けんを作る時と同じ化学反応によるものです。

動植物油から石けんを作るには、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムを加えて加熱する、とても過酷な条件を要します。
油脂をけん化して分解するには、濃厚な強アルカリとともに加熱する過酷な条件が必要。

洗浄においても、油汚れをアルカリで分解する原理は、石けん作りと同じく「けん化」です。洗浄液には強いアルカリ性が求められます。

けん化で油汚れを分解するには、洗浄液のpHが最低でも12程度はないとなかなか進行しません。これを大きく下回るpHでは、ほとんど分解が期待できないでしょう

さらに、反応の進行には時間がかかります。強アルカリが使用された業務用洗浄剤でさえ、加熱しないとなかなか分解が進まないケースも多いです。

アルカリによる油汚れの分解は、上手く利用すれば高い洗浄効果が得られます。一方で、強いアルカリ性の洗浄液は危険性も大きく、適切な反応条件も必要で、手軽さには劣る洗浄方法です。

油が「アルカリで分解される=中和される」と考えるのは間違い

けん化は、アルカリにより引き起こされる化学反応ですが、中和反応ではありません。中和反応とけん化は全く別のメカニズムで起こる化学反応であり、必要な条件なども大きく異なります。

酸や塩基(アルカリ)が関与する全ての化学反応を中和反応と捉えるのは、大きな間違いなのです。酸や塩基は、じつに多種多様な化学反応に関わります。中和反応はそのひとつに過ぎません。

けん化を中和反応の一種だと混同してしまうと、「酸性の油汚れはアルカリで中和できる」といった見当違いの考えにつながります。

下表に示すように、両者は反応条件などが大きく異なる化学反応です。

中和反応とけん化の違い
化学反応の種類 中和反応 けん化
反応する物質 酸と塩基 油脂とアルカリ
塩基・アルカリ ごく弱い塩基でも反応 強アルカリが必要
反応に要する時間 酸と塩基が混ざった瞬間に完結 ゆっくりと時間をかけて進行
反応温度 常温でも速やかに反応 一般に加熱が必要
常温では非常に遅い
生成する物質 えんと水 石けんとグリセリン

ちなみに油脂は、希硫酸などの酸を触媒にして、脂肪酸とグリセリンへと加水分解もできます。だからといって、油脂が塩基性(アルカリ性)であると考えるのも、やはり間違いです。

まとめ・参考文献

油汚れを「酸性の汚れ」と捉えるのは的外れです。アルカリによる油脂の分解は中和反応ではなく、強アルカリ性を要し、進行には時間がかかります。

中和は極めて速く進行し、弱いアルカリでも起こる反応です。油汚れの分解も中和だと捉えて掃除をすると、「アルカリの洗浄効果を期待したはずが実際は何も起こっていない」という事態が頻発するでしょう。

アルカリで油汚れを分解するなら、アルカリ性の強さのほか、反応温度や時間にも気を配る必要があります。書籍やウェブで紹介されている誤情報とは異なり、実際には難易度の高い洗浄方法です。